バレンボイムの伝家の宝刀である「トリスタンとイゾルデ」も良いが、今回の来日の目玉はなんといっても「モーゼとアロン」なんである。今回観ておかないと、二度と観られないかもしれないしなぁ。
というワケで、2回も行っちゃったw しかも、両方とも5階の席w 首、痛いw
シェーンベルク「モーゼとアロン」 東京文化会館 10月18日(木)19:00開演 10月20日(土)15:00開演
ダニエル・バレンボイム指揮 ベルリン国立歌劇場
演出・美術:ペーター・ムスバッハ 衣裳:アンドレア・シュミット=フッテラー 照明:フランツ・ペーター・ダヴィッド 合唱監督:エバハルト・フリードリッヒ モーゼ:ジークフリート・フォーゲル アロン:トーマス・モーザー 若い娘:カローラ・ヘーン 病人:ウタ・プリエフ 若い男:フロリアン・ホフマン エフライム:ハンノ・ミューラー=ブラッハマン 僧:クリストフ・フィシェッサー
ベルリン・シュターツカペレ ベルリン国立歌劇場合唱団
来日前の記者会見から引用(「シアターガイド」)
『モーゼとアロン』についてバレンボイムは「作品の有名無名の問題ではなく、私たちアーティストが大切だと思うものを、長い間をかけた信頼関係ができ上がっている日本の方々に観ていただきたい」と紹介。旧約聖書に書かれたユダヤ人の放浪を題材に「どこに行ってもアウトサイダーであり、アイデンティティーが見いだせないというユダヤ人の問題が描かれている」という宗教的大作だ。自身がイスラエル在住のユダヤ人であるバレンボイムは、イスラエルとアラブ諸国の音楽家を集めた“ウエスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラ”を指揮するなどの画期的な活動でも注目を集め、今月、国連平和大使にも任命されている。「平和のために必要なのは理解と尊敬」と語る彼の、信念の一角に触れることのできる演目と言えそうだ。
また、主役の一人・モーゼ役の歌手が、シュプレッヒシュティンメという語りと歌唱の中間的な表現手法を用いるのも同作の特徴の一つで、「言葉の意味が希薄になっている今日、“言葉を大切に扱う”という意味でも大切な作品」。バレンボイムは「非常に力強い音楽」と、シェーンベルクを高く評価した上で、「自分にたくさんのものを与えてくれた。今後も多く取り組んでいきたい」と意欲を表した。
正直、「これは凄いことになりそうだ」という確信のない期待でチケットを入手したのだが、いやいや、これは凄いぞ。凄かったぞ。
事前にナクソスから出ているクルティッヒ指揮シュトゥットガルト州立管弦楽団のCDで予習してはみたものの、オペラは映像を伴わないとストーリーを追えないのでかなり辛い。シェーンベルクだけに「音だけ聴いて楽しむ」というのも、初心者であるボクには厳しいしなぁ。
それでもネットの各所で解説を探して、「はー、ほー、なるほど、フンフン」と分かったつもりで臨む。
NBSのページでどんな演出かもちょっとだけ伺いしれたが、実際に見るとみんな同じ「黒いスーツに黒いサングラス」というブルースブラザーズ(「マトリックス」という声も)ルックで、かなり異様。
CDだけだとなかなか馴染めなかった音楽も実際に動いている所を見ると必然に思えてくるから不思議。終わった後に思わずCDを聴き返しちゃったもんなぁ。
アロンが作った「黄金の仔牛」の偶像というのを見たかったので、それが「黄金の人間」に変わっている所は残念だったがストーリーには影響しないので、まぁいいのだろう。黒スーツにしたって実際の年代設定からは遠く離れているが、これをその時代のものと思われる演出にしてしまったら生々しすぎるかもしれない。
モーゼの「私には言葉が足りない!」のくだりが戦慄のカッコ良さで、思わず鳥肌総立ち。第3部は朗読もなく、第2部までで終わる。
第1部終了後の休憩時にどこかのオバハンが「こういうのはちょっとだけ聴けば良いわよね」とか言ってたのを耳にして思わず笑ったが、一般的にはそういう反応なのだろう(「ドン・ジョヴァンニ」の方に行けば良いのにね)。
しかし現代音楽好きな人にとっては垂唾の作品だけに、これだけの巨匠指揮者がこの演目を持ってきてくれた事は感謝感激。ユダヤの血がそうさせたか。なんで日本ではあまり評価が高くないのだろうか、バレンボイム。器用貧乏だからか?(ボクもバレンボイムはオペラ以外評価しないけどw)
10/20は全公演の最終日だったので、カーテンコール後に「祝・大成功!」という垂れ幕が下りてきて、更に鏡割りまで始まる始末。若干の失笑を含みつつも、それはそれで微笑ましくて会場も始めて大盛り上がり(笑)。あのストーリーでは盛り上がれないからなぁ。
失笑といえば一人「ブー」をしつこく叫んでいたヤツがいたみたいだが、何なのあの粘着wwwwwww
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